狂愚三昧の経営

鈴木 靜雄

あさ出版 ・ 2022年5月

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経営戦略
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概要

1000億円の負債を被った創業者がはじめて語り尽くす、「捨てる経営」の神髄! 狂こそ健全。愚こそ賢なり。 営業するから売れない! 宣伝するから本質を見失う! 経営するから倒産する! 論語(倫理)とそろばん 従来の理念をいったんご破算にし 「住宅を売る」から「幸福を売る」への転換。 本業で社会の由々しき課題を解決(社会貢献)する! ■著者・鈴木靜雄さんへ檄 「狂愚三昧(人間の真実)。」 鈴木靜雄なる人物、常に進取の気性溢れ、 到達不能なる事への憧れ、そして実践。 そこには仮説なし。打算なし。ど阿呆あるのみ。 然るが故に人が慕い、人が集う。 =日本BE研究所所長 行徳哲男氏 「住居は人権である。」 あくまでもヒューマンな視点が貫かれ、 21世紀の住まいづくりとともに、企業のあり方の 方向性をも示している多くの実践事例から学べるのが 貴重である。 =日本居住福祉学会副会長 大本圭野氏 「志在千里 やりつづける。」 これは倫理研究所、丸山敏雄創始者の言葉ですが、 人が一度決心するとまわりの事情は一変して、 そんなことができやすい状態になってしまう。 事に大小はない。難易もない。 龍は雲を呼び、虎は風を起こす。 鈴木靜雄さんが純粋倫理そのものの男だからです。 でも彼はそれを知らない。 =倫理研究所 法人局顧問 蓮実利勝氏 光はたしかな自然の息吹き 風はみんなの対話のしるし 詩は自然と人が奏でる調べ 創業55年余、一度も赤字を出さずに5回の経営危機を乗り越える。 1000億円の負債を被った創業社長がはじめて語り尽くす経営哲学。 「本業の深堀り」こそ成功の近道...。 「捨てる」勇気をもった会社のみ、 倫理経営に転換した会社のみ、 目の前に無限のマーケットが広がる...。 小さな会社だからこそ社会を変えられる...。 これらを愚直なまでに実践し実践し、 そして実践しまくってきた、 人生の事業体験報告。 (目次) 第1部□人生は神の演劇。その舞台はあなたの住まい 第2部□なぜ私が 「狂愚三昧の経営」を志したのか ◆◆◆第1章 怒号と鉄拳、そして山ごもり ―得るは捨てるにあり ◆◆◆第2章 リブランは何を解決してきたのか ―社会の課題はビジネスの宝庫 ◆◆◆第3章 問題を解決する発想術 ―社会貢献と本業回帰 ◆◆◆第4章 苦難から逃げるな ―危機は正面から乗り越える ◆◆◆第5章 私が社長を下りた理由 ―事業承継の極意 ◆◆◆第6章 経営者よ、自社経営理念の上位に -"日本再生ビジョン"を 「狂愚(きょうぐ)まことに愛すべし」 これは幕末の思想家、吉田松陰が作った漢詩にある言葉です。 じつは私は、 人生の師と仰ぐ日本BE研究所の行徳哲男先生にそれを教えていただきました。 曰く「君の人生はまさにこれだね」と。 「才良(さいりょう)まことに虞(おそ)るべし、 狂は常に進取に鋭く、愚は常に避趨(ひすう)に疎(うと)し」と続く、 その意味は、 「狂った者は積極的に新しい事に挑み、 愚かな者は逃げることを知らない素晴らしい存在だ。 それに引き換え、なまじ優秀な者が頭の中で考えただけのことなど、取るに足らない……」 というもの。 人生の最終章、間もなく80歳を迎える今、思えば波瀾万丈の人生でした。 千葉県館山市から18歳で上京するとき、 館山桟橋から妹に見送られ「橘丸」という汽船で 4時間かけて東京の竹芝桟橋に着きました。 板橋に嫁に行っていた姉を頼って、浪人生活の始まりでした。 ところが、歌声喫茶(東京都豊島区池袋「山小屋」)のアルバイトで知り合った 亡き妻・弘子と二人、板橋の不動産会社で一緒にアルバイトすることに。 以来、60年二人三脚で、人生の山や谷を越えていくことになったのです。 当社「株式会社リブラン」(東京都板橋区)は マンションや戸建て住宅の企画・建設および販売を行っているディベロッパーです。 22歳で独立し、25歳で今のリブランの前身となる千葉建設株式会社を創設、 それから間もなく55年になります。 その間、一度も赤字を出さず経営危機を乗り越えてきました。 創業から一貫して経営というより、社会・業界の矛盾、不合理との戦いの連続で、 まさに〝狂愚三昧〞の人生でした。 オイルショックから平成バブルやリーマンショックまで5回のどん底を経験。 前にも後ろにも道はない、 しかし逃げずに、 自分を捨てて、末期的な地域、日本の社会問題に怒り、悲しみ、恐怖心を抱き、 社員と共に会社を使って問題解決にあたりました。 例えば起業した東武東上線沿線の評判は、 当時東京都の中でも芳しくはありませんでした。 こんな町では事業の発展はないと、読売新聞と連携して沿線の子どもたちに愛称募集。 〝森林都市線〞と決めて広報活動を展開したところ、 抗議してきた東武鉄道と戦うことになりました。 また、子育てや自然との共生などをテーマに、 いくつものヒット商品を出しながらもシリーズ化して固執するよりも、 「企業は企業に非ず。 社会運動体である。 社員は会社にくるな、 地域に出勤せよ」と 社員に地域を歩かせ、彼らが感じた憤りを解決する、 さまざまな社会問題解決プロジェクトに挑みました。 そのように、次々と出現する大きな壁や困難に対して誠実に解決に取り組むと、 不思議と目の前に光が差し、道がすーっと開けたのです。 やがて問題に気がついた大手企業が後に続きましたが、 それで良しと満足しています。 不動産、住宅と人間・家族・子どもたちの体と心の関係を 「病の原因の半分は住環境・環境に起因する」と 160年前に指摘したナイチンゲールの『看護覚え書』に習い、 どん底の度に逃げることなく掘り下げ、 従来の経営理念を一度ご破算にして新たに、 より深い経営理念を構築(倫理経営理念)することを、 8年おきくらいに4回やりました。 さまざまな利害関係をもつ不動産・住宅業界団体が全国に乱立していた戦国時代、 ある中堅団体の全国統一の実行委員長として大任を果たし、政府への政策提言や、 埼玉県、板橋区、荒川区などでの意見具申もしました。 日本居住福祉学会アジア大会では、居住と人間・福祉を研究する故・早川和男会長と、 〝日本列島居住福祉改造計画〞推進を訴えてきました。 また倫理法人会を通して 当時、内閣府参与で、公益資本主義を提唱する原丈人氏、 一般社団法人倫理研究所の丸山敏秋理事長などを招聘し、 済州(アジア)平和フォーラムで80カ国5000人に、 利益偏重型の経営をやめ、倫理を基底とした経営、 ひいては倫理資本主義への転換を共に訴えてきました。 さらに日本BE研究所の行徳哲男先生と一緒に、 当時の朴槿恵(パククネ)・韓国大統領に 〝日韓が連携すれば世界に大きな貢献が可能〞と親書を手渡しました。 2020年には、一般財団法人RINRI・SDGs推進協議会も立ち上げました。 リブランは自然・人間・住まいの一体化を45年前から実践し、日本野鳥の会と連携したり、 都内にホタルの飛ぶマンション、自然と暮らすエコミックス・マンションなどを 開発してきました。 残念ながら日本では、皆さんなかなか本音を出さない。 そうした中で私は常に本音で戦い、業界、地域から嫌われてきました。 しかし本音を出さずば真の改革は不可能です。 思えば80年、たくさんの方々との出会いの連続でした。 しかも一瞬遅からず、一瞬早からず出会うべき人と出会うことができました。 それも知らない方々を自ら求めて。出会った方々の集積が今の自分です。 (中略) 本書の推薦を頂いた、30歳のどん底で出会った行徳哲男先生、 40歳で出会った日本居住福祉学会の故・早川和男教授、 55歳で出会った倫理研究所法人局顧問の蓮実利勝先輩など 。 たくさんの出会い、その方々のおかげで今の私があります、 改めて感謝申し上げます。 最後に18歳で、鹿児島県の小さな島(長島町)から上京して出会い、 3年前に亡くなった妻・弘子に感謝。弘子との出会いがなかったら 今のリブランも自分もありません。 まさに二人三脚の人生でした。 この度、あさ出版、皆様のご支援で この『狂愚三昧の経営』を出版することができました。 読者の方々に少しでもお役にたてたら幸いです。 (「はじめに」より)